目次

I. 「韓日日本軍慰安婦被害者問題合意検討タスクフォース」の発足
II. 慰安婦合意の経緯
 1. 局長級協議以前の段階(~2014年4月)
 2. 局長級協議を通じた解決努力 (2014年4月~2015年2月)
 3. 高位級協議を通した合意成立 (2015年2月~2015年12月)
  (1) 高位級協議の開始
  (2) 高位級協議を通した暫定合意
  (3) 高位級協議の膠着及び最終合意
III. 慰安婦合意の評価
 1. 合意内容
  (1) 公開部分
  (2) 非公開部分
  (3) 合意の性格
 2. 合意の構図
 3. 被害者中心の解決
 4. 政策決定過程および体系
Ⅳ.結論

I. 「韓日日本軍慰安婦被害者問題合意検討タスクフォース」の発足

 2015年12月28日、韓国と日本の外交長官は共同記者会見で日本軍慰安婦被害者問題 (以下「慰安婦問題」) に関する両国の合意内容 (以下「慰安婦合意」) を発表した。これにより、韓日両国の重要な外交懸案であり国際社会も注目してきた慰安婦問題が一段落したように見えた。

 しかし慰安婦合意直後から世論の批判が始まった。時とともに国民の多数が反対していることが明らかとなり、被害者および関連団体をはじめとする市民社会の反発が表面化した。特に 朴槿恵 パククネ 大統領の弾劾後に行われた2017年第19代大統領選挙では与野の主な政党の候補らが合意の無効化または再協議を公約した。

 2017年5月10日、 文在寅 ムンジェイン 政府が誕生した。外交部は7月31日、長官直属の「韓日日本軍慰安婦被害者問題合意検討タスクフォース」 (以下「慰安婦TF」) を設置して慰安婦合意の経緯と内容を検討・評価することにした。慰安婦TFには 呉泰奎 オテギュ 委員長をはじめ韓日関係、国際政治、国際法、人権など多様な分野の委員9人が参加した。

<慰安婦TF委員名簿>

委員長 オ・テギュ 前寛勲クラブ総務(前ハンギョレ新聞論説委員室長)
副委員長 ソン・ミラ 韓国人権財団理事長
チョ・セヨン 東西大学校特任教授
民間委員 キム・ウンミ 梨花女子大学校国際大学院教授
ソン・ヨル 延世大学校国際大学院教授
ヤン・ギホ 聖公会大学校日本語日本学科教授
外交部委員 ペク・ジア 国立外交院外交安保研究所長
ユ・ギジュン 国際法律局審議官
ファン・スンヒョン 国立外交院教授


 市民社会、政界、マスコミ、学界などは慰安婦合意以後、被害者の参加、裏合意の存在、「最終的・不可逆的解決」等について多様な疑惑と批判を提起した。慰安婦TFはこのような疑問と関心に答えようと努力した。

 慰安婦TFは2014年4月16日の慰安婦問題に関する第1次韓日局長級協議から2015年12月28日の合意発表までを検討対象期間とした。また、事案をより正確に理解するために検討対象期間前後の経過と国内外の動向も調べた。TFは全20余回の会議と集中討論を行った。TFはまず外交部が提供した交渉経緯資料を検討した後、これに基づいて必要な文書を外交部に要請して閲覧した。外交部が作成した文書を主に検討し、外交部が受けとり保管していた大統領府と国家情報院の資料を確認した。文書および資料では十分に把握できない部分については交渉の主な関係者らと面談して意見を聴取した。

 慰安婦TFは次のような基準で経緯を把握して内容を評価した。

 第1に、「被害者中心のアプローチ」である。慰安婦問題の解決は本質的に「加害者対被害者」の構図において被害女性の尊厳と名誉を回復して傷を癒すことにある。被害救済の過程では被害者の参加が何より重要であり、政府は被害者の意思と立場を取りまとめて外交交渉に臨む責務がある。

 第2に、戦時性暴力である慰安婦問題は反人道的不法行為であり普遍的人権の問題である。国際社会は戦時性暴力問題に関する持続的で体系的な解決努力の中で被害救済のための国際規範を発展させてきた。従って慰安婦問題については韓日両者だけでなく国際的な議論も併せて考慮されるべきである。

 第3に、過去とは異なり今日の外交は政府官僚の手に全面的に委ねられるものでなく、国民と共に進めるものでなければならない。さらに慰安婦問題のように国民の関心が大きい事案は国民と息の合った民主的な手続きと過程を通じてこそ解決することができる。

 第4に、慰安婦問題は韓日関係だけでなく韓国外交全般に大きな影響を及ぼす事案である。従って関係部署間、交渉関係者間の有機的協力体系と緊密な意思疎通を通じ全般的な対外政策と均衡した交渉戦略を立てることが重要である。

 慰安婦TFは報告書において慰安婦合意が成立した経緯を検討し、(1)合意内容、(2)合意の構図、(3)被害者中心の解決、(4)政策決定過程および体系に分けて評価した。

 慰安婦TFの任務は慰安婦合意の経緯と内容に関する検討と評価に限定されているので慰安婦合意の今後の処理方針については扱わなかった。

<慰安婦TF会議開催日時>
全体会議(総12次) 補充会議(総10次)
TF発足及び第1次会議  7月31日   
第2次会議 8月25日  
第3次会議 9月1日 3-1次会議 9月7日
第4次会議 9月15日 4-1次会議 9月22日
第5次会議 9月29日  
第6次会議  10月13日  6-1次会議 10月17日
第7次会議 10月27日 7-1次会議 11月6日
第8次会議 11月10日 8-1次会議 11月14日
第9次会議 11月24日 9-1次会議 12月1日
  9-2次会議 12月2日
  9-3次会議 12月6日
第10次会議 12月8日  10-1次会議  12月15日
  10-2次会議  12月18日 
第11次会議 12月22日  
第12次会議 12月26日  
※ 12月1日から12月16日まで集中討論


II. 慰安婦合意の経緯

1. 局長級協議以前の段階(~2014年4月)

 1991年8月、 金学順 キムハクスン 日本軍慰安婦被害者の最初の公開証言は韓日両国だけでなく国際社会で本格的に慰安婦問題が議論される契機になった。

 1993年3月、 金泳三 キムヨンサム 大統領は慰安婦問題について日本に金銭的補償を要求せず韓国政府が被害者を直接支援すると表明した。その代わりに日本政府に慰安婦問題の真相調査を要求した。1)

 日本政府は1993年8月、慰安所の設置と管理などに日本軍が関与し日本軍慰安婦の募集と移送などが総体的に本人の意志に反して行われたことを認める河野官房長官談話を発表した。これを契機に韓国政府は同日、慰安婦問題を韓日両国間の外交交渉の対象としない方針を表明した。

 日本政府は1995年7月、「女性のためのアジア平和国民基金」(以下「アジア女性基金」)を設立し、慰安婦被害者に日本総理名義の謝罪の手紙とともに人道的措置として金銭を支給した。2)

 日本政府は1965年「大韓民国と日本国間の財産および請求権に関する問題の解決と経済協力に関する協定」(以下「請求権協定」)により慰安婦問題がすでに解決され、法的責任がないという立場である。一方韓国政府は反人道的不法行為である慰安婦問題は両国の間の財政的、民事的債権・債務関係を扱った請求権協定で解決されなかった事案であるという立場である。3)

 韓日両国の立場が平行線をたどるなかで、2011年8月、韓国憲法裁判所が慰安婦問題に関する違憲決定を下した。憲法裁判所は請求権協定によって慰安婦被害者の日本に対する賠償請求権が消滅したかについて韓日両国の間に解釈上の紛争があり、韓国政府がこれを請求権協定の紛争解決手続4)により解決しないでいるのは違憲であるとの決定を言い渡した。これに伴い、韓国政府は2011年9月と11月、二度にわたり請求権協定第3条第1項による両者協議を日本に要請した。しかし日本は応じなかった。

 2011年12月、韓日首脳会談で 李明博 イミョンバク 大統領は慰安婦問題解決のための日本政府の決断を求めた。日本側は2012年3月、「佐々江案」と呼ばれる人道的レベルの解決構想5)を非公式に提案したが、韓国政府は国家責任を認めることが必要だという理由で拒否した。2012年後半、韓日両国政府は水面下で慰安婦問題に関する協議を行ったが成果を上げることができなかった。

 2013年2月発足した 朴槿恵 パククネ 政府は日本を説得して誠意ある措置を引き出すという方針をたて、日本側に慰安婦問題を議論する実務協議を開催しようと繰り返し要求した。しかし慰安婦問題を含む歴史認識に関する両国首脳の意見対立のため特別な進展がなかった。

2. 局長級協議を通じた解決努力(2014年4月~2015年2月)

 2014年3月24日~25日、オランダのハーグで核安保首脳会議が開かれた。アメリカは韓米日協力の観点から韓日関係改善のために努力し、3月25日、韓米日3国首脳会談が別途開催された。この過程で韓日両国は慰安婦問題を扱う局長級協議を開始することに合意した。

 慰安婦問題についての韓日局長級協議は韓国外交部東北アジア局長と日本外務省アジアオセアニア局長との間で2014年4月16日から2015年12月28日の合意発表前日まで全12回開かれ、その間に非公開協議も行われた。

<慰安婦問題 韓日局長級協議開催日時及び場所>
日時 区分 場所 日時 区分 場所
2014.4.16 第1次協議  ソウル  2015.3.16 第7次協議  ソウル 
2014.5.15 第2次協議 東京 2015.6.11 第8次協議 東京
2014.7.23 第3次協議 ソウル 2015.9.18 第9次協議 東京
2014.9.19 第4次協議 東京 2015.11.11 第10次協議 ソウル
 2014.11.27  第5次協議 ソウル  2015.12.15  第11次協議 東京
2015.1.19  第6次協議  東京 2015.12.27  第12次協議  ソウル


 局長級協議の開始後も双方は基本的立場だけを繰り返し、交渉が容易に進展しなかったため、交渉代表のレベルを上げて首脳と直接意思疎通できる高位級の非公開協議が必要だという意見が双方から出されるようになった。

3. 高位級協議を通した合意成立(2015年2月~2015年12月)

(1) 高位級協議の開始

 2014年末、韓国政府は局長級協議の膠着状態から脱するため高位級協議を並行して推進する方針を定めた。この時から交渉の中心が高位級非公開協議に移ることになった。日本側が交渉代表として国家安全保障会議事務局長を立てたため、韓国側は大統領の指示により 李丙琪 イビョンキ 国家情報院長が代表となった。6)

(2) 高位級協議を通した暫定合意

 第1次高位級協議は2015年2月に開かれ、同年12月28日の合意発表直前まで8回の協議が行われた。双方は高位級代表の間の電話協議と実務級レベルの協議も随時併行して行った。主務部署である外交部は高位級協議に直接参加することができなかった。しかし高位級協議の結果を大統領府から伝達された後にこれを検討し、意見を大統領府に伝達した。

 韓国側は第1次高位級協議に先立ち2015年1月に開かれた第6次局長級協議において、核心的な要求事項として、「道義的」等の修飾語をつけずに日本政府が責任を認めること、以前より進展した内容の公式謝罪及び謝罪の不可逆性の担保、日本政府の予算による履行措置の実施を提示した。

 日本側は第1次高位級協議において、日本側が取る措置とともに、最終的・不可逆的解決の確認、駐韓日本大使館前の少女像問題の解決、国際社会における非難・批判の自制など、韓国側が実施する措置を提示した。日本側はこれを公開部分と非公開部分に分けて合意に入れることを希望した。

 双方は高位級協議開始約2ヶ月後の2015年4月11日、第4次高位級協議において大部分の争点について妥結して暫定合意を行った。合意内容は日本政府の責任問題と謝罪、金銭的措置のような三項目の核心事項はもとより、最終的・不可逆的解決、少女像問題、国際社会における相互非難・批判の自制の項目を含んでいた。また、関連団体の説得、第三国での追悼碑、「性奴隷」の用語に関する非公開の内容も含まれていた。

(3) 高位級協議の膠着及び最終合意

 2015年4月、暫定合意内容について両国首脳の追認を受ける過程において、日本側は非公開の部分である第三国の追悼碑について、追悼碑設置の動きを韓国政府が支持しないという内容を追加することを希望した。韓国側はそのような内容の追加はすでに妥結した内容に関する本質的修正なので受け容れることができないと述べた。

 こうした中で2015年6月末、いわゆる「軍艦島」をはじめとする日本近代産業施設のユネスコ世界遺産登録問題で両国政府の対立が深まり、慰安婦問題に関する協議もこれ以上進展しなかった。

 2015年11月1日、ソウルで開かれた韓日中3国首脳会議は中断された高位級協議を再開する契機となった。11月2日の韓日首脳会談で両国首脳は韓日国交正常化50周年という点を勘案し、できるだけ早期に慰安婦問題を妥結することで意見が一致した。 朴槿恵 パククネ 大統領は年内妥結に強い意欲を見せ、2015年12月23日、第8次高位級協議で合意が最終妥結した。

 韓日外交長官は2015年12月28日、ソウルにおいて会談を開いて合意内容を確認し、続いて共同記者会見でこれを発表した。同日、両国首脳は電話通話により合意内容を再び確認した。そして大統領は慰安婦問題についての対国民メッセージを発表した。

 最終合意内容は第三国の追悼碑と少女像の部分が一部修正されたことを除いては暫定合意内容と同一であった。

III. 慰安婦合意の評価

以下においては、合意の内容、合意の構図、被害者中心の解決、政策決定過程及び体系に分けて評価した。

1. 合意内容

(1) 公開部分

ア. 日本政府の責任

(韓日外交長官共同記者会見における日本側発表内容)
 慰安婦問題は、当時、軍の関与の下に多数の女性の名誉と尊厳に深い傷を負わせた問題として、このような観点から日本政府は責任を痛感する。

 責任の部分において日本政府の責任を修飾語なしで明示することにしたことは、責任に関する言及がなかった河野談話、責任の前に「道義的」がついていたアジア女性基金当時の日本の総理の手紙と比べて進展と見ることができる。また「日本政府として責任を痛感」に加え、総理の謝罪と反省の気持の表明、そして日本政府の予算出捐を前提とした財団設立が合意内容に含まれたことは、日本が法的責任を事実上認めたとの解釈を可能にする側面がある。

 しかし、日本政府は請求権協定で慰安婦問題がすでに解決されたので法的責任は存在しないという立場を堅持している。日本側は交渉の全過程と交渉妥結直後の首脳間の電話通話に至るまで一貫して繰り返しこのような立場を表明した。

 韓国政府は日本が確固たる法的立場を固守しており法的責任を認めさせることは難しいとみて、日本政府が法的責任を事実上認めたとの解釈を可能にする現実的な方案を推進した。韓国側は「消耗的な法理論争を繰り広げるよりは、被害者を中心に考えつつ、被害者が納得できる解決方案を導き出すという姿勢で創意的な解決方案を模索することが望ましい」という立場で交渉を進めた。

 法的責任を認めることは被害者側の核心要求事項の一つであった。外交部も内部検討で法的責任は国内説得において核心的な要素であり、単純に「日本政府の責任」とする場合、国内説得に難航が予想されるという問題点を認識していた。韓日双方はこの部分が議論になることを予想して、「発表内容についてのマスコミの質問に対する応答要領」で「合意文案のうち『責任』の意味に対する質問に対しては、『日本軍慰安婦被害者問題は当時軍の関与下に多数の女性の名誉と尊厳に深い傷を与えた問題であり、このような観点から日本政府は責任を痛感している』という表現そのままであり、それ以上でも以下でもない」と答弁することに調整した。7)

 韓国側は交渉により従来の日本の「道義的責任を痛感」より進展した「責任を痛感」の表現を勝ち取った。しかし「法的」責任や、責任を「認める」という言葉は引き出すことができなかった。韓国側はこれを補完するために被害者訪問など被害者の心に寄り添う措置を日本側に要求したが、合意に入れることができなかった。

イ. 日本政府の謝罪

(韓日外交長官共同記者会見における日本側発表内容)
 安倍内閣総理大臣は日本国内閣総理大臣として、慰安婦として多大な苦痛を味わい心身にわたって癒しがたい傷を負ったすべての方に対する心からの謝罪と反省の意を再度表明する。

 安倍総理は内閣総理大臣の資格で謝罪と反省を表明した。以前のアジア女性基金当時に被害者に伝えられた日本総理の手紙にも「謝罪と反省の意」という表現が含まれていたが、慰安婦合意では若干公式的な形でこのような意向を明らかににしたという点で、今回の謝罪と反省の表明は従来よりは前進したと見ることができる。

 被害者及び関連団体は日本政府の「覆すことができない」謝罪を要求してきており、韓国政府も交渉過程で不可逆的で公式性が高い閣議決定の形の謝罪を要求した。しかし閣議決定による謝罪には至らなかった。また被害者に謝罪と反省の意を直接的に伝える形のものではなかった。内容もアジア女性基金の総理の手紙のうち「道義的」の用語だけを削除し、同一の表現と語順をそのまま繰り返した。

ウ.日本政府の金銭的措置

(韓日外交長官共同記者会見における日本側発表内容)
 日本政府は今までも本問題に誠実に臨んできたし、そのような経験に基づいて今回日本政府の予算によってすべての元慰安婦の方々の心の傷を癒す措置を講じる。 具体的には、韓国政府が元慰安婦の方々の支援を目的とする財団を設立し、これに対し日本政府の予算で資金を一括拠出して、韓日両国政府が協力してすべての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復および心の傷を癒すための事業を行うことにする。

 金銭的措置についてはアジア女性基金と異なり日本政府が予算として全額出捐した金員によって韓国内で財団が設立された。8)そして慰安婦合意当時の生存被害者47人中36人と死亡被害者199人の遺族68人がこの財団を通じて金員(生存者1億ウォン、死亡者2000万ウォン)を受領するか、受領する意思を明らかにした(12月27日現在)。

 慰安婦問題が請求権協定で解決され法的責任がないという日本から、日本政府の予算のみを財源として個人に支給することができる金員を受領したことは今まで無かったことである。9)

 しかし、日本側は合意直後から財団に出捐する金員の性格は法的責任に伴う賠償ではないとしている。一部被害者らと関連団体も、賠償としての金員ではないので受け入れることができないとしている。このように被害者の立場から責任問題が完全に解消されない限り、被害者が金員を受領したとしても慰安婦問題が根本的に解決されるものではない。

 日本政府が出す金員が10億円と定められたのは客観的算定基準に従ったものではなかった。韓日外交当局の協議過程において韓国政府が被害者から金員の金額に関し意見を集約したという記録は見いだせなかった。

 また、韓国に設立された財団を通じて被害者と遺族たちに金員を与える過程で受領した人と受領しない人に分かれた。これによって韓日の対立構造であった慰安婦問題が韓国国内での対立構造に変化した側面がある。

エ. 最終的および不可逆的解決

(韓日外交長官共同記者会見における日本側発表内容)
 日本政府は上記を表明すると共に、以上申し上げた措置(外交長官会談の時は「上記②の措置」)10)を着実に実施するということを前提に、今回の発表を通じて同問題が最終的および不可逆的に解決されるものであることを確認する。
(韓・日外交長官共同記者会見における韓国側発表内容)
 韓国政府は日本政府の表明と今回の発表に至るまでの措置を評価し、日本政府が先に表明した措置(外交長官会談の時は「上記1.②の措置」)を着実に実施するということを前提に、今回の発表を通じて日本政府とともにこの問題が最終的および不可逆的に解決されるものであることを確認する。韓国政府は日本政府が実施する措置に協力する。
※アンダーライン追加は慰安婦TF

 最終的・不可逆的解決という表現が合意に入ったことは、慰安婦合意発表後、国内で大きな議論になった。

 「不可逆的」という表現が合意に入った経緯を見ると、2015年1月の第6次局長級協議において韓国側がまずこの用語を使用した。韓国側は以前に表明したものよりも進展した日本総理の公式謝罪がなければならないとして、不可逆性を担保するために閣議決定を経た総理の謝罪表明を要求した。

 韓国側は日本の謝罪が公式性を持たなければならないという被害者団体の意見を参考にしてこのような要求をした。被害者団体は日本がこれまで謝罪をした後に覆した事例がしばしばあったことから、日本が謝罪する場合「覆すことができない謝罪」でなければならないという点を強調してきた。2014年4月被害者団体は「日本軍慰安婦問題解決のための韓国市民社会の要求書」において「犯罪事実と国家的責任を覆すことのできない明確な方式で認めること、謝罪および被害者に対する法的賠償」を主張したことがある。

 日本側は局長級協議の初期には慰安婦問題が「最終的」に解決されなければならないと述べただけであったが、韓国側が第6次局長級協議において謝罪の不可逆性の必要性を言及した直後に開かれた第1次高位級協議から「最終的」の他に「不可逆的」解決を併せて要求した。

 2015年4月の第4次高位級協議においてこのような日本側の要求が反映された暫定合意がなされた。韓国側は「謝罪」の不可逆性を強調したが、当初の趣旨とは異なり合意では「解決」の不可逆性を意味する脈絡に変わった。

 外交部は暫定合意直後「不可逆的」という表現が含まれると国内的に反発が予想されるので削除すべきだという検討意見を大統領府に伝えた。しかし大統領府は「不可逆的」の効果は責任痛感および謝罪表明をする日本側にも適用できるという理由で受け入れなかった。

 「最終的および不可逆的解決」との記載の前に「日本政府が財団関連措置を着実に実施するということを前提に」という表現を挿入することを先に提案したのは韓国側だった。韓国側は慰安婦合意発表時点には日本政府の予算出捐がまだなされていないため、履行を確実に担保するためにこのような表現を提案した。

 この一節は最終的および不可逆的な解決の前提に関する議論を生んだ。日本政府が予算を出捐することだけで慰安婦問題が最終的および不可逆的に解決されると解釈される余地を残したためである。しかし韓国側は協議過程において韓国側の意図を確実に反映できる表現を入れようとする努力を積極的に行わなかった。

 結局双方は慰安婦問題の「解決」を最終的・不可逆的と明確に表現しながら、「法的責任」については解釈を通してのみ認めることができる線で合意した。それにもかかわらず韓国政府は日本側の希望により、最終合意において日本政府の表明と措置を肯定的に評価した。また日本政府が実施する措置に協力するとも述べた。

オ. 駐韓日本大使館前の少女像

(韓日外交長官共同記者会見における韓国側発表内容)
 韓国政府は、日本政府が駐韓日本大使館前の少女像に対し公館の安寧・威厳の維持という観点から憂慮しているという点を認識し、韓国政府においても可能な対応方針につき、関連団体との協議等を通して適切に解決されるように努力する。

 日本側は少女像問題について特別の関心を示した。合意内容は外交長官が共同記者会見で発表した部分と発表しなかった部分に分けられているが、少女像問題は双方に記載された。

 少女像問題などについて双方が非公開で行った部分は次のとおりである。

 日本側は「今回の発表により慰安婦問題は最終的および不可逆的に解決されることになるから、挺対協など各種団体が不満を表明する場合にも、韓国政府としてはこれに同調せずに説得することを希望する。駐韓日本大使館前の少女像をどのように移転するか、具体的な韓国政府の計画を聞きたい」と述べた。

 これに対して韓国側は、「韓国政府は日本政府が表明した措置の着実な実施がなされるということを前提に、今回の発表を通じて日本軍慰安婦被害者問題は最終的および不可逆的に解決されることを確認し、関連団体などが不満を表明する場合には韓国政府としては説得のために努力する。韓国政府は日本政府が駐韓日本大使館前の少女像に対して公館の安寧・威厳の維持という観点から憂慮しているという点を認識し、韓国政府としても可能な対応方針について関連団体との協議等を通して適切に解決されるように努力する」と述べた。

 日本側は交渉初期から少女像移転問題を提起し、合意内容の公開の部分に入れることを希望した。韓国側は少女像問題を交渉対象にしたという批判を憂慮し、この問題を合意内容に入れることに反対した。しかし交渉過程において結局これを非公開の部分に入れようと提案した。

 双方が交渉で具体的な表現をめぐるやりとりをした末、最終的には「関連団体との協議等を通して適切に解決されるように努力する」という表現が合意内容の公開の部分と非公開の部分に同時に入ることになった。韓国側はこれは少女像移転を合意したものでなく、発表内容にある「努力する」以上の約束は別にないと説明してきた。特に公開された内容以外の合意があるのかとの国会やマスコミなどの質問に対して、少女像についてそのような合意はないという趣旨の答弁をしてきた。

 しかし韓国側は公開の部分で少女像について述べたのとは別に、非公開部分で日本側が少女像問題を提起したことに対応する形式で同じ内容の発言を再び繰り返した。特に非公開部分での韓国側の少女像に関する発言は公開部分の脈絡とは異なり、「少女像をどのようにして移転するのか、具体的な韓国政府の計画を聞きたい」という日本側の発言に対応する形になっている。

 少女像は民間団体主導で設置されたものであるから政府が関与して撤去することは困難であると言ってきたにもかかわらず、韓国側はこれを合意内容に入れた。このために韓国政府が少女像の移転を約束しなかった意味が色あせることになってしまった。

カ. 国際社会における非難・批判の自制

(韓日外交長官共同記者会見における日本側発表内容)
また、日本政府は韓国政府とともに今後国連など国際社会でこの問題についての相互非難・批判を自制する。
(韓日外交長官共同記者会見における韓国側発表内容)
韓国政府は、今回日本政府が表明した措置が着実に実施されるということを前提に、日本政府とともに今後国連など国際社会でこの問題についての相互非難・批判を自制する。

 国際社会での相互非難・批判の自制について、韓国側はこの問題も慰安婦問題が解決されれば自然に解決すると主張したが、日本側はこのような内容を盛り込むことを引き続き希望した。韓国側は「日本政府が表明した措置が着実に実施されるということを前提に」、非難・批判を「相互」自制することに同意した。

 慰安婦合意以後、大統領府は外交部に対し基本的に国際舞台で慰安婦関連発言をしてはならないとの指示も行った。そのため、あたかもこの合意を通じて国際社会において慰安婦問題を提起しないと約束したかのような誤解を招いた。

 しかし慰安婦合意は韓日両者間において日本政府の責任、謝罪、補償問題を解決するためのものであり、国連など国際社会において普遍的人権問題、歴史的教訓として慰安婦問題を扱うことを制約するものではない。

(2) 非公開部分

 慰安婦合意には外交長官共同記者会見で発表した内容以外に非公開部分があった。このような方式は日本側の希望により高位級協議で決定された。非公開部分は、①外交長官会談における非公開発言の内容、②財団設立に関する措置内容、③財団設立に関する議論記録、④発表内容についてのマスコミの質問に対する応答要領からなっている。11)

 非公開発言の内容は、韓国挺身隊問題対策協議会(以下「挺対協」)等被害者関連団体の説得、駐韓日本大使館前の少女像、第三国追悼碑、「性奴隷」の用語など国内的に敏感な事項である。非公開発言内容は日本側が先に発言し、韓国側がこれに答える形で構成されている。

 まず、日本側は(1)「今回の発表により慰安婦問題は、最終的および不可逆的に解決されるので、挺対協など各種団体などが不満を表明する場合にも韓国政府としてはこれに対し同調しないで説得することを希望する。駐韓日本大使館前の少女像をどのようにして移転するのか、具体的な韓国政府の計画を聞きたい」、(2) 「第三国における慰安婦に関する像・碑の設置については、このような動きは諸外国で各民族が平和と調和の中で共生することを希望しているなかで適切でないと考える」、(3)「韓国政府は今後『性奴隷』という用語を使わないことを希望する」と述べた。

 続いて韓国側は、(1)「韓国政府は、日本政府が表明した措置の着実な実施がなされるということを前提に、今回の発表を通じて日本軍慰安婦被害者問題は最終的および不可逆的に解決されるものであると確認し、関連団体などが不満を表明した場合、韓国政府としては説得のために努力する。韓国政府は日本政府が駐韓日本大使館前の少女像について公館の安寧・威厳の維持という観点から憂慮しているという点を認識し、韓国政府においても可能な対応方針に関して関連団体との協議等を通して適切に解決されるよう努力する」、(2)「第三国での日本軍慰安婦被害者に関する石碑・像の設置問題について韓国政府が関与するものではないが、今回の発表により韓国政府においてもこのような動きを支援することなく、今後韓日関係が健全に発展できるよう努力する」、(3)「韓国政府はこの問題に関する公式名称は『日本軍慰安婦被害者問題』のみであることを再度確認する」と答えた。

 韓国政府は、公開された内容以外の合意事項があるのかを尋ねる質問に対し、少女像については、そのようなものはないとしながらも、挺対協の説得、第三国追悼碑、「性奴隷」の表現に関する非公開内容があるという事実は述べなかった。

 韓国側は交渉初期から慰安婦被害者団体に関する内容を非公開で受け入れた。このことは、被害者中心、国民中心ではなく政府中心で合意したものであることを示している。

 日本側は挺対協など被害者関連団体を特定して韓国政府に説得を要請した。これに対して韓国側は挺対協と特定せず、「関連団体を説得する努力」をするとして日本側の希望を事実上受け入れた。

 また日本側は海外に追悼碑などを設置することを韓国政府が支援しないという約束を取りつけようとした。韓国側は第三国の追悼碑設置に政府が関与するものではないとして日本の要求を拒否したが、最後の段階で「支援することなく」という表現を入れることに同意した。

 日本側は韓国側が性奴隷という表現を使わないことも望んだ。韓国側は性奴隷が国際的に通用する用語である点などを理由に反対したが、政府が使う公式名称は「日本軍慰安婦被害者問題」のみであることを確認した。

 非公開発言の内容は、韓国政府が少女像を移転したり、第三国に追悼碑を設置できないように関与したり「性奴隷(sexual slavery)」という表現を使わないことを約束したものではないが、日本側がこのような問題に関与できる余地を残した。

 2015年4月の第4次高位級協議で暫定合意内容が妥結した後、外交部は内部検討会議で修正・削除が必要な4つの事項を指摘した。ここには非公開の部分の第三国の追悼碑、性奴隷という表現の2つの事項が入っており、公開および非公開の部分の少女像についての言及も含まれていた。これは非公開合意内容が副作用を呼び起こす可能性があることを外交部が認識していたことを示している。

(3) 合意の性格

 慰安婦合意は両国外交長官共同発表と首脳の追認を経た公式的な約束であり、その性格は条約ではなく政治的合意である。 韓日両国政府は高位級協議の合意内容を外交長官会談において口頭で確認し、会談直後の共同記者会見で発表した。そして事前に約束した通り両国首脳が電話通話で追認する形式を取った。

 双方が発表内容をそれぞれ公式ウェブサイトに掲載すると、互いの内容が一致しない部分が生じた。韓国外交部は外交長官共同記者会見で発表した内容を、日本外務省は双方が事前合意した内容を公式ウェブサイトに掲示した。また、双方がそれぞれ公式ウェブサイトに載せた英語翻訳文も差異があり混乱を深めた。そのため実際に合意した内容が何であるか、発表された内容が全部なのか等に関し疑惑と議論を呼んだ。

2. 合意の構図

 この間、被害者側の3大核心要求事項、すなわち、日本政府が責任を認めること、謝罪、賠償の観点から見ると、慰安婦合意はアジア女性基金など従来と比べて前進したと見られる側面がある。特に安倍政府を相手にこれほどの合意ができたことを評価する一部の見解もある。

 3大核心事項は他の条件をつけることなく日本側が自発的に行うことが望ましかった。しかし慰安婦問題の最終的・不可逆的解決の確認、少女像問題の適切な解決努力、国際社会での相互非難・批判の自制など日本側の要求を韓国側が受け入れる条件で妥結した。

 韓国側は、初めは河野談話で言及された未来世代の歴史教育、真相究明のための歴史共同研究委員会設置など、日本側がすべき措置を提示して対応したが、結局日本側の構図のとおり交渉をすることになった。このように3大核心事項と韓国側の措置が引き換えにされる形で合意がなされることによって、3大核心事項においてある程度の進展として評価できる部分さえもその意味が色あせた。

 その上公開の部分の他にも韓国側に一方的に負担となる恐れがある内容が非公開に含まれていることが明らかになった。それも全て市民社会の活動と、国際舞台での韓国政府の活動を制約すると解釈される原因になりうる事項である。このために公開された部分だけでも不均衡な合意がさらに不均衡となった。

3. 被害者中心の解決

 慰安婦合意について焦点が当てられている重要な問題は、この合意が慰安婦被害者および関連団体と国連など国際社会が強調してきた被害者中心のアプローチとその趣旨を反映しているかという点である。韓国政府は慰安婦問題を戦時性暴力など普遍的価値としての女性の人権を保護するための問題として扱ってきた。

 戦時における女性の人権問題に関する被害者中心のアプローチは、被害者を中心に置いて救済と補償がなされねばならないということである。2005年12月の国連総会決議によれば、被害者が体験した被害の深刻性の程度および被害が発生した情況の歴史的脈絡により、それに相応する完全で効果的な被害の回復がなされなければならない。

  朴槿恵 パククネ 大統領は、慰安婦問題について「被害者が受容でき、我が国民が納得できる」、「国民の目線に合致し、国際社会も受容できる」解決がなされなければならないという点を強調した。外交部は局長級協議開始決定の後、全国の被害者団体、民間専門家などに面会した。2015年の一年だけで全15回以上被害者および関連団体と接触した。

 被害者側は慰安婦問題解決のためには日本政府が法的責任を認めること、公式謝罪、個人賠償の三つが何より重要だと述べてきた。外交部はこれらの意見と専門家たちの助言を基に日本政府が修飾語をつけずに責任を認めること、日本総理の公式謝罪、個人補償を主な内容とする協定案を作成して局長級および高位級協議に臨んだ。

 外交部は交渉を行うなかで、韓日両国政府間で合意したとしても被害者団体が受け入れなければ再び振り出しに戻るほかないので被害者団体を説得することが重要だという認識を持った。また外交部は交渉を進める過程で被害者側に時々関連内容を説明した。しかし最終的・不可逆的解決の確認、国際社会での非難・批判の自制など韓国側が取らなければならない措置があるということについては具体的に知らせなかった。金員の金額についても被害者の意見をとりまとめなかった。結果的に彼らの理解と同意を引き出すのに失敗した。

 被害者団体は合意発表の直後に声明書を通じて「被害者らと支援団体そして国民の熱望は、日本政府が日本軍『慰安婦』犯罪に対して国家的で法的な責任を明確に認め、それにともなう責任を履行することによって被害者らが名誉と人権を回復し二度とこのような悲劇が再発しないようにせよということであった」と反発した。彼らはまた、最終的・不可逆的解決と少女像問題などが含まれたことについて強く批判した。

 女性差別撤廃委員会(CEDAW)は日本政府の定例報告書に関する2016年3月の最終見解において、「慰安婦問題が『最終的および不可逆的に解決されたもの』であるとする発表は『被害者中心のアプローチ』を完全に採用しなかった」と評価した。また、合意を履行する過程で被害者の意思を十分に考慮し、真実、正義、賠償に対する被害者らの権利を保障することを日本政府に促した。12)拷問防止委員会13)なども慰安婦合意について被害者中心のアプローチが欠けていると指摘した。

4. 政策決定過程および体系

 慰安婦問題を外交事案として扱う場合、人類の普遍価値を追求すると同時に対外政策全般との適切な均衡を考慮しなければならない。火がつきやすい慰安婦問題に慎重にアプローチしない場合、対日外交だけでなく外交全般に大きい影響を及ぼすからである。 朴槿恵 パククネ 政府は、慰安婦問題を韓日関係改善の前提条件とし、硬直した対応により様々な重荷を負うことになった。

  朴槿恵 パククネ 大統領は就任初年度である2013年3.1節記念演説において「加害者と被害者という歴史的立場は、千年の歴史が流れても変わらない」と対日強硬策を主導した。韓国政府は慰安婦問題と首脳会談開催を結びつけることにより歴史問題をめぐる対立と共に安保、経済、文化などの分野で高い代価を払った。政府レベルの対立が相互過剰反応と国際舞台での過度な競争を引き起し、両国の国民の間の感情の溝も深くなった。

 韓日関係の悪化がアメリカのアジア・太平洋地域戦略の支障となったため、アメリカが両国間の歴史問題に関与することになった。このような外交環境の下で韓国政府は日本政府との交渉を通じて慰安婦問題を早急に解決しなければならないという状況に直面した。

 韓国政府は慰安婦問題と安保・経済部門などを分離して対応することができず「慰安婦外交」にのめり込んだ。また大統領は慰安婦問題解決のためにアメリカを通じて日本を説得するという戦略を進めた。数回の韓米首脳会談において、日本指導層の歴史観のために韓日関係が改善されないと繰り返し強調した。しかしこのような戦略は効果を上げることができず、かえってアメリカ内に「歴史疲労」現象を呼び起こした。

 慰安婦交渉についての政策の決定権限は過度に大統領府に集中していた。大統領の核心参謀らは大統領の強硬な姿勢が対外関係全般の負担となる可能性があるにも関わらず首脳会談と結びつけて日本を説得しようという大統領の意向に従った。しかも大統領は意思疎通が不十分なまま調整不足の指示を行うことによって交渉関係者の選択の幅を狭めた。

 主務部署である外交部が慰安婦交渉において脇役に追いやられ、核心争点に関し意見を十分に反映できなかった。また高位級協議を主導した大統領府と外交部との間の適切な役割分担と有機的な協力も不十分であった。

Ⅳ.結論

 慰安婦TFはここまで被害者中心のアプローチ、普遍的価値と歴史問題に対する姿勢、外交における民主的要素、部署の間の有機的協力と疎通を通した均衡ある外交戦略の設定という観点から合意の経緯を検討して内容を評価した。

 慰安婦TFは次のような四つの結論を下した。

 第1に、戦時における女性の人権について国際社会の規範としての地位を確立した被害者中心のアプローチが慰安婦交渉過程で十分に反映されず、一般的な外交懸案のように交渉上のやりとりによって合意が成立した。韓国政府は被害者が1人でも多く生きているうちに問題を解決しなければならないと言って協議に臨んだ。しかし協議過程では被害者の意見を十分に集約することなく、政府の立場を中心に合意をまとめてしまった。今回の場合のように被害者が受け入れない場合には、政府間で慰安婦問題の「最終的・不可逆的解決」を宣言したとしても問題は再燃されるほかない。

 慰安婦問題のような歴史問題は短期的な外交交渉や政治的妥協では解決され難い。長期的に価値と認識を広め、未来世代への歴史教育を併行して推進しなければならない。

 第2に、 朴槿恵 パククネ 大統領は「慰安婦問題が進展しない首脳会談はありえない」と強調するなど慰安婦問題を韓日関係全般と結びつけて解決しようとしたが、かえって韓日関係を悪化させた。また、国際環境が変化し「2015年内交渉終結」という方針に転じて政策の混乱を呼び起こした。慰安婦などの歴史問題が韓日関係のみならず対外関係全般の負担とならないよう、バランスの取れた外交戦略を立てねばならない。

 第3に、今日の外交は国民と共に進めなければならない。慰安婦問題のように国民の関心が大きい事案においては、国民と息の合った民主的手続と過程がより一層重視されなければならない。しかし高位級協議は終始一貫して秘密交渉として進行し、公開された合意内容以外の韓国側の負担となり得る内容も公開されなかった。

 最後に、大統領と交渉責任者、外交部間の意思疎通が不足した。その結果政策方針が環境変化により修正または補完されるシステムが作動しなかった。今回の慰安婦合意は政策決定過程において幅広い意見集約と有機的意思疎通、関連部署間の適切な役割分担が必要だということを示している。

 外交は相手方があるだけに当初の目標や基準、検討過程で提起された意見を全て反映させることはできない。しかしこのような外交交渉の特性と困難を勘案しても、慰安婦TFは上記のような四つの結論を下さざるを得ない。

<以上>


脚注
1)1993年3月、韓国外務部は政府の自主的な救済策を設け、日本側に対して誠意ある真相調査を促すと発表した。同年6月、「日帝下日本軍慰安婦被害者に対する生活安定支援法」が制定され、被害者に1人当り500万ウォンの生活保護基本金が支給され、生活保護法、医療保護法などによる生活支援金支給(月額15万ウォン)、医療恩恵などの支援が行われた。1998年4月、金大中政府は被害者に対する生活保護基本金を4300万ウォンに増額するなど、被害者に対する支援を強化した。

2) アジア女性基金から金銭を受領した韓国人被害者は、公式的には7名とされているが、2014年6月に日本政府が発表した河野談話の検討報告書ではアジア女性基金が韓国人被害者61名に1人当り慰労金200万円と医療福祉支援金300万円を支給したと記載されている。

3) 2005年8月26日、総理室傘下の韓日会談文書公開後続対策関連民官共同委員会は、「日本軍『慰安婦』問題など日本政府・軍など国家権力が関与した反人道的不法行為に対しては、請求権協定によって解決されたと見ることはできず、日本政府の法的責任が残っている」と発表した。

4)請求権協定によれば、協定の解釈および履行に関する両国間の紛争は、まず外交上の経路を通じ(第3条第1項)、そして外交上の経路により解決できなかった紛争は仲裁によって解決(第3条第2、3項)すると規定している。

5) 2012年3月、日本外務省の佐々江事務次官が提示した構想で、①総理の謝罪表明、②政府予算による医療費支援など人道的措置の実施、③駐韓日本大使の被害者訪問の内容で構成されている。

6)李丙琪(イ・ビョンキ)氏は最初から最後まで高位級協議代表として参加した。1次協議時には国家情報院長であったが、2次協議直前の2015年2月、大統領秘書室長に就任した。

7) 「発表内容に関するマスコミの質問に対する回答要領」には上記の内容以外に下記のような内容が含まれている。
(質問)この度の合意によって実施しようとする具体的な事業内容があるのか、 また、本事業にともなう予算規模はどの位を想定しているのか?
(回答) 韓国政府が日本軍慰安婦被害者に対する支援を目的に財団を設立し、ここに日本政府の予算から資金を一括拠出し、 韓日両国政府が協力してすべての日本軍慰安婦被害者たちの名誉と尊厳の回復、心の傷を癒すための事業を実施することにした。 具体的には▲すべての日本軍慰安婦被害者たちの名誉と尊厳の回復に寄与する心の傷を癒すための措置、▲医療サービス提供(医薬品支給含む)、▲健康管理及び療養、看病支援、▲上記財団の目的に照らし適切なその他措置を考えているが、事業はこれから韓日両国政府間で合意した内容の範囲内で実施する。日本政府が拠出する予算規模について、今後調整して行く予定であるが、おおよそ○○○円程度を想定している。

8)高位級協議で合意した「財団設立に関する措置内容」の内容は下記の通りである。 -すべての日本軍慰安婦被害者の方々の名誉と尊厳回復および心の傷を癒す目的のため、韓国国内の適切な財団に対して日本政府はその予算により資金を一括拠出し、事業の財源とする。(※日本政府の予算による拠出は1回限りとする。)
-同財団の活動は以下の通りである。▲目的:すべての日本軍慰安婦被害者の方々の名誉と尊厳の回復および心の傷を癒す、▲対象:すべての日本軍慰安婦被害者の方々、▲事業:①すべての日本軍慰安婦被害者の方々の名誉と尊厳の回復に寄与する心の傷を癒すための措置、医療サービス提供(医薬品支給を含む)、②健康管理および療養・看病支援、③上記財団の目的に照らし適切なその他の措置、▲実施体制:財団は両国政府間で合意した内容の範囲内で事業を実施する。財団は両国政府に対し事業の実施について定期的に通知することとして、必要に応じて両国政府間で協議する。
-財団設立方法:韓国政府は、公益法人の設立手続きにより政府登録公益財団の形で推進する。
-財団設立および日本政府予算の拠出手続きは下記のように進める:
①韓国内で財団設立準備委員会発足、②両国政府間での財団の事業内容および実施方式などを含む口上書の交換、③準備委員会-韓国政府間財団事業など権限委任のための書簡交換、④準備委員会-日本政府間資金拠出のための書簡交換、⑤日本政府の財団に対する資金拠出。

9)高位級協議で合意した「財団設立に関する議論記録」に下記のような記載がある。 -現金支給について、韓国側代表から使途を問わない現金を日本軍慰安婦被害者の方々に配布することは考えておらず、本当に必要な場合にその使途に応じて現金支給する場合を排除しないことを希望するとの発言があったことを勘案し、日本側代表はそれを前提として「現金の支給は含まない」との表現の削除に同意した。
-「財団は両国政府に対し事業の実施に対して定期的に通知し、必要に応じて両国政府間で協議する」という文案に対し、日本側代表から同文案に同意するためには日本政府の意図に反して財団事業が実施されないことを確認されたいと述べたことに対し、韓国側代表からそのようにするという趣旨の応答があった。

10)双方が高位級協議で合意した内容は「日本政府は上記を表明すると共に、上記②の措置を着実に実施するということを前提に」であったが、日本側は共同記者会見において、「以上申し上げた措置を着実に実施するということを前提に」と発表した。韓国側は事前に合意した内容である「日本政府が上記1.②の措置を着実に実施するということを前提に」を、共同記者会見で「日本政府が先に表明した措置を着実に実施するということを前提に」と発表した。

11)高位級協議の時に議論された「財団設立に関する措置内容」と「財団設立に関する議論記録」等に基づいて「和解・癒し財団」が設立され、関連事業が実施された。「財団設立に関する措置内容」は、報告書14ページ脚注8)、「財団設立に関する議論記録」は15ページ脚注9)、「発表内容に関するマスコミ質問に対する応答要領」は12ページ脚注7)で確認することができる。

12) CEDAW/C/JPN/CO/7-8(2016)

13) 2017年5月、拷問防止委員会は、被害者の権利と国家責任を規定した拷問防止協約第14条の履行に関する一般論評に、慰安婦合意が十分に符合しないという点などを指摘し、慰安婦合意の修正を勧告した。(CAT/C/KOR/CO/3-5)

(日本語翻訳 張界満 山本晴太)

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